THE MINI STRIP.
ポール・スミスによる、
ひねりの利いた持続可能なデザイン。
北ロンドン、イズリントン区にあるホルボーン・スタジオ。そこにポール・スミスが入ってきたのは、午前9時ちょうど。レンガの壁には、かつてこのスタジオを訪れた人々のポートレートが飾られています。デヴィッド・ボウイ、ケイト・モス、オアシス、ザ・クラッシュ、ローリング・ストーンズなど、まるでポップカルチャーのギャラリーのようです。そして4月のこの月曜日、またしても英国を象徴する者同士が、ここで出会うことになりました。ファッション界のアイドルであるポール・スミスと、カルト的な人気を誇る自動車ブランド、MINI です。
その日は、ポールがこの生まれ変わったクルマを初めて見る日。目的は、2022年6月にミラノで開催される「ミラノサローネ国際家具見本市」 で、世界中の人々にカルト的に愛されるMINIの、現代におけるビジョンを提示すること。準備は、スケジュール通り順調に進んでいるよう。しかし、このユニークな作品は感動を呼ぶのでしょうか?ポール・スミスの伝説的なアートワークと調和するでしょうか?——それとも少しばかり突出するでしょうか?
チェックのパンツに、ネイビー・ブルーのシャツとブラックのスニーカーを纏ったデザイン界のアイコン的存在であるポールが、クルマに近づいていきます。彼はスポットライトの影で繰り広げられる喧騒をものともせず、淡々とスタジオ内を移動し、鋭い観察眼でクルマを観察し、グリルにあしわられたロゴやブラックのリムに装着されている自身の有名なサインに注目します。
次にインテリアに目を向け、オレンジ色のシートベルトに手をやり、片膝を付いてむき出しのベースパネルやシンプルにデザインされたフロアマットも確認。そして、自身のスマートフォンをステアリングホイールのすぐ隣にあるマグネットに取り付けました。これは、スピードメーターを除くダッシュボード上のほとんどのボタンや機能の代わりとなるのです。
このアイデアが実現したのは、MINI Rechargedというプロジェクトがあったからこそ。その陰には、「Recharged Heritage Limited」という企業のエンジニアたちの存在があります。彼らは新たなMINIのパートナーとして、内燃エンジン搭載のクラシックMiniを、現代のエミッションフリーのスピードスターに仕立てるという、先駆的なプロジェクトに取り組んでいます。90 kWの電気モーターによって古いモデルに新たな命を吹き込み、アップグレードさせました。現在メガトレンドになっているアップサイクリングが、ついに自動車業界にも訪れたのです。
また、このプロジェクトでは、クラシックMiniの発明者であるアレック・イシゴニスのアイデアも継承しています。1959年、当時の石油危機に対応するため、エンジニアたちはクラシックMiniを開発しました。コンセプトは、「最小限の燃料と、最大限の収納スペース」。気候変動やエネルギー危機の問題を抱えている現在、このコンセプトはより重要な意味を持っています。そして、プロジェクト発足時にMINIは、迷いなく長年の友人であるポールに「自身のクラシックMiniを電気自動車にしてみないか」と打診をしたのです。
ポールは昨年の夏にミュンヘンで開催されたIAAで、構成要素を極限まで削ぎ落とし、持続可能性を追求したコンセプトカー、MINI STRIP を発表したばかりでした。ポールのRechargedモデルは、このアイデアを新たな形で表現したものです。ポールは「このモデルを完璧に表現する3つの言葉。それは、品質、持続可能性、そして機能性」と語ります。ただし、「同時にこのクルマは、過去をリスペクトしています」ともつけ加えました。
ポールは黒のペンを手に取り、90年代から今日まで使われ続けているカラーである、ライム・グリーンのバッテリーボックスにサインし、その横にEVのシンボルである稲妻を描きました。「私たちは、90年代のクルマを、現代でも十分通用するものにしました」と彼は語っています。
これは、ポール・スミスらしい、陽気で、温かく、気さくな振る舞いです。そして何より、本当の姿です。彼は、自分のブランドそのものを体現している存在なのです。ポールと過ごす瞬間には驚きがたくさんあります。その一つとして、彼がさっと取り出した少し洗いざらした青いシャツの物語があります。それは1996年、彼がオックスフォードにあるMINIの工場で、Mini Paul Smith Editionのオリジナルカーをデザインしたときに着ていたものだというのです。当時のエンジニアがこのクルマを何色で塗装するのが良いかと相談したとき、ポールは自分のシャツを指して「この色にしてほしい」と答えました。そして彼はそのシャツの裾の一部を切り落としたそう。あれから26年後、彼は穴のあいたシャツを車体のブルーにかざし、にやりと笑いました。この写真は、MINIの歴史に残る一枚と言えるでしょう。
3週間後、ブリストルのワークショップで、このクルマの心臓移植が行われました。バッテリーと電気駆動装置が設置されたのです。その大部分は3Dプリンターで製作されました。エンジンをバッテリーに置き換えることでクルマの重量配分は変わるので、ハンドリングやドライビング・プレジャーも変わってきます。したがって電動化は、オリジナルの構造に合わせる必要があるのです。ポールのモデルに対する作業は組織的に展開され、エンジニアたちはRechargedプロジェクト全体を通して多くのことを学びました。また、これはポールにとっても貴重な経験となりました。
もしかしたら、このようなファンが、アイドルの真似をするように自分のクラシックMiniを電動化するかも知れません。ポール・スミスは、自分の作品が数世代先の人々にインスピレーションを与えることを望んでいます。そして、「私たちは、気候変動に加担しないようなライフスタイルを意識しなければなりません。ですから、私たちは、オリジナルのクラシックMiniよりも今の世界により合ったクルマを作りたかったのです」と言います。ポール・スミスのMINI Rechargedは、アート作品であると同時に、持続可能な循環型経済の可能性を示す象徴でもあるのです。
ポール・スミスは、服飾以外にも家具やカメラ、書籍のデザインも手がけ、多くのブランドとコラボレーションを続けながらも、MINIとの間には、変わらず特別な絆があります。その理由は、彼自身が長年MINIに乗っているから。そして、このクルマがコンパクトで機能的であり、つねに喜びと驚きを与えてくれるからです。もちろん、それは彼のMINI Rechargedモデルにも言えること。ポールはステアリング・ホイールの側面を握ってカチッと音を立てて外し、フリスビーのように手に持つと、長い足をどこにもぶつけることなくクルマからすべり出て来ました。そして、こう言うのでした。「本当に、私のお気に入りのクルマなんです」。
クラシックMiniに 90 kWの電気モーターを搭載し、エミッションフリーのクルマに改造しました。バッテリーは、最大6.6kwの出力で充電でき、1回の充電で約160km(およそ100マイル)の航続距離を達成しています。これは、多くの大都市の環境保護区で、再び走行が許可されることを意味しています。さらに、MINI Rechargedの一環として行われる電動化において、車両本体に加えられたすべての変更は、元に戻すことができます。 クルマの歴史的遺産を丁寧に扱うことも、コンセプトの重要な要素。つまり、後日、クラシックMiniをオリジナルの状態に戻すことも可能なのです。 そのため、各車両のオリジナルのエンジンは、将来クラシックMiniを内燃エンジンに戻したくなった時に再利用できるよう、電動化の時にマーキングして保管されるのです。